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HIROKO

Author:HIROKO
メキシコはプエブラ州の片田舎で3人の子供たちとメキシコ人の旦那やその家族と暮らしています。田舎ならではの暮らしぶりや子供達の成長を綴ります。

登場人物:3人の子供達=長男(12歳)、長女(9歳)、次女(7歳)、旦那=パパ、・・・と、その他大勢

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一週間後に!

5月末のお祭りの忙しさや、


6月初めはピザのオーダーが続いたりと、玄関先のお店もバタバタで、


でも、そんな忙しさもまったく苦にならなかったのは、


これを乗り越えたら、「一人で日本!」だったから。


たった2週間だけど、いや夢のようです。ほんと。


予行演習なのか、出発直前の週は、やたらとパパが畑へ子供たちだけを連れて行って、


子供たちは、勝手にカメラも持ってパシャパシャ、楽しそう。
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大丈夫そうだね。


連絡をもらったら一週間後に出発するという予定で、


そんな直前に?と何人かにも聞かれたけれど、


メキシコシティ-成田の直行便に、今年からANAが参入したからか??


席に余裕がある日なら、直前だろうが、2か月後の便だろうが、


航空券の価格には、ほとんど違いがありません。


たとえば、今、ANAのホームページで少しチケット価格を見てみたところ、


来週7月13日(木)メキシコシティ出発、26日(水)帰国は、128,290円。


2か月後の、9月13日(水)出発、26日(火)帰国便は、117,900円。


その差、1万円ちょっと。


困ったのは、5月下旬から突然、家のインターネットがつながらなくなってしまったこと。


2,3日に一度、インターネット屋さんへメールをチェックをしに行き、


あぁ、メキシコ生活始まったばかりのころのようで、なつかしい・・・、


などと、どんな状況も、


だって、もうすぐ一人で日本だも~ん♪と、とにかく許せる。


いない間のご飯の足しに、冷凍庫に何品かおかずを作りだめして、


一人だけなら、近くのバス停まで送ってもらうだけで十分。身軽に出発。


会いたかった!
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時差ボケでもなんでも、毎日つめつめの予定で行く!と決めて出たけど、


それでも、2週間の予定では連絡しきれなかった友達もいたなぁ。残念・・・、


でも、朝から晩までフルに充実の日々。


子供たちは、パパのスマホから時々ローマ字でメールを打って、


私は日本語で返信や写真を送り、日々の報告。


予行演習通り、
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毎日のように、畑へ出かけていったようで、


私が家にいると、一緒になってこもってばかりなので、こういう日々も必要だなぁと、


勝手にいいように解釈。


自分のカメラを見返すと、9割がパンか赤ちゃんの写真。


毎日、朝はパン屋さんめぐりをするのを日課に決め、


日中は、赤ちゃんのお世話。


夜は、友だちと飲みに、がコース。


その他もろもろ、いろいろな出来事もてんこ盛りの充実しすぎの2週間でした。


さ、また、毎日パン焼こ。

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忘れてしまうけれど

子供たちを連れて、何度となく日本へ行き、


旅行をしたり、出かけたりするけれど、


小さな頃の記憶は、ほとんど残ることなく、忘れられていく。


「こんなとこ行ったよね!」と話しても、「どこだっけ、それ。」なんて、


せっかく連れて行ったのにな・・・、と残念に思いながらも、


何も子供たちが悪いわけではなく、自分だって、


小学生のころに、誰かに連れて行ってもらった場所やその時の記憶なんて、


大して残っていないもの。


何か記憶にばっちり残るような、そんな景色が見せられたらなぁ、


と思って選んだ、金閣寺。
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あいにくの雨。
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でも、金はピカピカでした。


家に戻るころには、父と長男の調子がひどく悪くなり、


どうやら食中毒。しんどかった思い出しか、残らなかったかな。


次女は、コ~ンと鳴らした鐘のことは少しの間、覚えているかも。
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同じ京都にある、京都国際マンガミュージアムにも行き、
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少女雑誌「リボン」の付録展や、レターセットが作れるイベントもあって、
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楽しかった。


そうだな。「どこへ行くか」も大事だけど、


この、「楽しかった」の積み重ねは、


記憶のどこかに何か温かいものとしてずっと残っていくよね。


ついでに、「おいしかった」も。
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初めて食べた「あぶり餅」。

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日本の小学校の先生

今回の帰省で、初めて日本の小学校へ通った次女の、


担任の先生には、すっかりご迷惑をお掛けしてしまったけれど、


そんな中で、日本の学校の先生方の手厚いサポートには、感心するばかり。
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毎日迎えにきてくれたお友達。


連絡帳で、こまめに状況を知らせていただいたり、


こちらからのお願いごとを伝えたり、


先生から直接お電話をいただいたりは、


3人ともに共通して対応していただいたこと。

__________________________
なんと、子供たちが通うメキシコの小学校には、連絡帳どころか、


年間も月間予定表も、学年便りも、先生からの電話連絡も、


ない。


先生は、子供たちの下校時刻と一緒に、学校の門のカギを閉めて帰宅する。


日本と比べるとラクな仕事だろうな~。もちろん賃金は雲泥の差だろうけど。
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初めて長男が日本の小学校へ通った4年前から、


教科書やドリル、楽器の貸与に始まり、


たった2週間の通学でも、


最後は引っ越してしまうクラスメイトと同じ扱いで、


クラスの一人一人がお手紙を書いてくれたものを1冊にまとめて、


文集にしていただけたり、本当に受け入れ体勢がすばらしくて、感動だった。


特別支援学級の先生なのか、担任の先生以外にも、


各教室を見て回っている先生がいて、


長男が2年生のころ、「???」となっていたときにも声をかけてくれていたし、


今回、次女の1年生のクラスには、副担任の先生までいて、


サポート体勢がすばらしかった。


給食はおいしい上に、栄養バランスに優れていて、


毎晩、「明日の給食はなにかなー」と献立表を子供たちと眺めるだけでも、


ものすごく楽しい。


その日の給食メニューは、近所のスーパーにも入口に大きく掲示されていて、


今晩のおかずとかぶらないようになっている。


なんて手厚いサービス。すごいな。


そうそう、「サービス」といえば、学校の先生は、


生徒と言うお客様を相手にした、サービス業のようだ・・・


などと思ってしまうこともあったなぁ。


手を替え品を替え、楽しく学校生活を送れて、学べるようになっていて、
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こまごまと家にも連絡があって、これを毎日やる先生方のお仕事は、


どれほど大変なことだろう・・・。


今回の長女の担任の先生は、さらに、クラスだよりのような、
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前日の子供たちの作文や感想文をまとめたものを配ってくれる先生で、


授業の内容や様子が、垣間見れて有難かった。


ただ、毎日のプリント類の山、宿題の手伝いやサイン、3人分の毎日の予定を、


だんだん管理しきれなくなり、


私の友達との約束が、授業参観の日と重なっていることに、


数日前に気づいてドタキャンしたり、


日本のお母さんは、どれだけ管理能力に優れているんだー!


と感心させられる日々でした。

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3学期の途中からは無理があったと反省

帰省期間の都合上、子供たちが学校へ行く初日は、


3学期が始まって3週目になる月曜日。


中途半端な始まりだなぁと思いながらも、あまり深くは考えていなく、


ただ、次の週がマラソン大会なのが、いきなり大丈夫かな・・・と心配だった程度。
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寒さのあまり、参加したのは長男だけ。


この三学期の途中からという日程、


今年1年生で、初めて日本の小学校へ行く次女には、


無理をさせてしまったようで、反省。


長男が初めて日本の小学校へ行くときも、


長女が初めて日本の小学校へ行った時も、


ちゃんと通えるか、友達と仲良くできるか、勉強についていけるか、


先生の話をきちんと聞けるか、楽しく通えるか、


あれこれ考えて考えて、


長男は2年生の初日、4月の始業式から入り、


長女にいたっては、1年生の4月、入学式から始めさせてもらった。


周りもみんな新一年生、ドキドキの雰囲気の中で、


みんなと同じように、だんだんと慣れていく雰囲気で、


まったく抵抗なくなじんだ長女。


長男も、2年生の初日からだったのが良かったのか、


今まで上の二人が、


とにかく「楽しかったーー」と毎日学校から帰ってくる様子を見ていたので、


私もすっかり慣れて、油断してしまっていた。


3学期という、まわりの子たちは学校にすっかり慣れている時期に、


クラスの雰囲気も出来上がっている中へ、


ポンっと放り込まれたのは、毎日が緊張の連続だったかも。


初日に迎えに行った時点で、担任の先生から、


「ちょっとかわいそうでした・・・」と言われ、


正直、とっさには理解できなかったくらい。


それでも2日目の朝もこんなにニコニコで出かけたのに、
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結局、途中で泣き出してしまったらしく、先生が家に電話をくださっていたようで、


そんな時に、私は日本へ着いたら恒例の「まずは髪を切る!」を実行中で、


大変な状態になっているとはつゆ知らず。


その後は送り迎えをしたり、何度か一緒に教室にいさせてもらったり、


すこ~しずつ、すこ~しずつ、だんだんに慣れて、


最後には、自分でお友達と放課後に公園で遊ぶ約束を取り付けてくるまでに。


結局なんで泣いてたんだっけ?と聞いても、


「さぁ、なんでだったっけ?」と言うくらい。


ただ、給食の牛乳と、体育の着替えだけは、最後の最後まで受け入れられなかったようで、


先生には、すっかりご迷惑をおかけしてしまいました。

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祝!2度目の小学校卒業

前回の帰省は11月だったので、それから1年ちょっと後になると、冬。


暖かいメキシコで暮らしながら、子供たちが「雪が見たい」と言うたびに、


「いつかは、冬に日本へ行こうね」と何度も話していたので、


今回は、雪が見られる冬に帰省したい、ということだけは頭にあって、


なんなら年末年始の、あの日本独特の雰囲気も味わえるといいなぁ・・・


などと思いながら、帰省時期を練る。


冬に日本へ行くなら、長男は6年生。日本の小学校を体験できる最後の年。


実家のある地元の小学校の年間予定表を見たりしながら、
(今はネットでそんな情報も簡単に手に入るのが、有難い・・・。)


卒業式の時期を確認する。


言った本人は、覚えてなさそうだけれど、


ずーーっと以前、


「日本の小学校の卒業式の時期に来て、日本の卒業証書も手にしたら?」


と、ある人に言われた言葉が、ずっと頭の片隅にあって、


そんなことも思い出しながら、


今回は、3学期をすべて日本で過ごせないかなぁ・・・と考えてみる。


でも、年末年始から3月中~下旬までとなると3か月。


いくらなんでも長すぎるな。


年末年始の航空券代と、1月下旬出発のでは、倍ぐらい値段が違うことも考え合わせ、


年末年始はあきらめて、卒業式に照準を合わせる。


結局2カ月の帰省をさせてもらい、


晴れて、日本の卒業式に出席させてもらいました!
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感動です。


小学校の卒業証書が、特別に何かの役に立つということはないだろうけど、


メキシコと日本の両方の小学校を卒業できたことは、


きっと長男の中で何かしらの糧になることと思います。


メキシコと日本の良い所をバランスよく身につけて成長してほしいと、


常日頃から考えている中で、


卒業式の練習や、実際の式の雰囲気、友人との絆、


日本でしか体験できないことが、この2カ月でギュッと凝縮して味わえたんじゃないかな。


「卒業式に出られて良かった」と本人も言いました。


日本の小学校を体験したのは、全部で4回。


日本語を、日々手探りで、でも一生懸命に教えてきた自分へ、


よくがんばった自分!のお祝いの卒業式でもありました。

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